中出農園の水なすの歴史

現在では泉州水なすの歴史・当時の栽培、流通の現場を知る人が少なくなってきました。
僕たちの祖父と古くから水なす栽培をしてきた農家の方や当時の市場関係者の方に泉州水なす栽培から市場に出回った経緯など、泉州水なすのルーツを聞きました。

昭和33年当時の水なす

この話は55年以上前の昭和33年から貝塚市沢町(現:澤町)で泉州水なす栽培をしてきた祖父・幸夫おじいちゃんから聞いた貴重な話です。

 当時の水なす(水ナス)の特徴は今の泉州水なすに比べ、ナス紺色が少し薄く、皮も現在よりさらに薄かったそうで、収穫の際コンテナに布や新聞紙をひいていてもキズがつくほど傷みやすかったそうです。現在の当農園の水なすでも少し葉に触れるだけでキズがつき、皮も柔らかいのにこの話を祖父と父から聞いた時には驚きました。 また、当時は夏の農作業で水分補給として水なすを食べていたそうです。この話を聞いて僕は庭訓往来(ていきんおうらい)という室町時代の文献にも登場している泉州水なすの原種といわれる「沢なす」なのか?と思いましたが。(※沢なすは庭訓往来でその甘い果肉から沢茄子と書いて「ミツナス」と言われていたそうです。)
祖父に確認したところ昭和33年当時、水なす栽培を始めた頃もそれ以前も沢なすという名前は聞いたことがないと言っていました。

水なすの種はいったいどこから?

祖父は、当時岸和田市で種苗屋をしていた方から水なすの種を分けてもらったそうです。ここで疑問が・・・。種が既に存在しているということは昭和33年以前からどこかで水なすの栽培がおこなわれていたのか?他の地元水なす農家さんに聞いても確証を得る事が出来ず、謎のままです。しかしながら現在わかっている事実として貝塚市で初めて水なす栽培・出荷を始めたのは祖父を含む3件の貝塚市澤町の農家ということです。
 いったい「水なす栽培」はいつどこからはじまったのか?原種と言われている「沢なす」は本当に存在したのか?今後も新たな情報がわかれば追記していきます。
 当時の市場ではその頃から泉州水なすの事を「水なす」と呼びはじめたそうです。また、市場に出荷した水なすのほとんどは地元の漬物屋さんが仕入れていました。 今のように水なすを「浅漬け」にして全国には出回っておらず、地元でのみ流通していたそうです。

水なす栽培への祖父たちの挑戦

 昭和33年当時は「木なすび」栽培が主流でした。そんな中、祖父は同じ貝塚市沢町(水なす発祥の地といわれている町)で10件ほどの農家仲間と初の水なす栽培に挑戦しました。皆で共有の苗床をつくり水なすの苗を育てたのち農家それぞれが持ち帰り、水なす栽培を始めました。 しかし、その1年目はほとんどの農家さんが水なす栽培に失敗(腐らしてしまったり、枯れてしまった)し、10件中、水なす栽培に成功したのは祖父を含め3件の農家さんだけでした。 祖父は水なす栽培に繋がるヒントを探すために、大阪各地の「なす農家」を回りましたがほとんどがハウスの中を見せてくれずに断られ、ほぼ独学でなす栽培や農法を学んだとか。その結果、貝塚市沢町から3件の農家が唯一、貝塚市で初となる泉州水なすの栽培から市場出荷を始めることになりました。 岸和田市から1件の農家さんと和泉市からは数件の農家さんが同じ頃から水なすの栽培出荷をしていたそうです。
 木なすび栽培から市場出荷が主流の中、泉州水なすが登場したことによって市場でもその真新しさと他のナスにはない「灰汁が少なく皮が柔らかい、瑞々しいフルーツのような甘み」に価値が付き高値が付いたそうです。
 また、当時祖父は(まるなか)という屋号で市場(岸和田中央青果)で水なすを出荷していましたが、祖父が栽培した泉州水なすはセリがおこなわれる度、高値で落札され、その多くが漬物屋さんだったそうです。その後、各漬物屋さんと直接、栽培した水なすの多くを取引契約するようになり、現在も3代に渡りその関係が続いています。僕が水なす漬けの製造販売を始めた際は漬物屋から(まるなかの良い水なすが手に入らなくなる)とトゲをさされたほどです。

農業はみんなで協力しあって
みんなでおいしいもんをつくるべきや

 その後、水なすの瑞々しいおいしさが瞬く間に広がり、祖父の元に全国各地から多くの農家さんが水なす栽培のノウハウを学びに来たそうです。 祖父は自身が断られた苦い経験があったため、地元大阪泉州だけでなく和歌山や九州など全国各地の農家さんに水なす栽培のノウハウを包み隠さず教えていったそうです。
 そこにはこんな思いがあったそうです。
「農業はみんなで協力しあってみんなでおいしいもんをつくるべきや」
祖父は誰よりも農業に力を込め、水なすに愛情を注いできたんだとあらためて思いました。 泉州水なす栽培の第一人者である祖父を、先人として祖父として尊敬しています。 そして僕たちは受け継がれた誇りを胸に、新たな事にもチャレンジしていきたいと思います。
また泉州水なすの歴史など新たな情報が分かれば紹介していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

その他、水なすの原種といわれているナス

(馬場なす)
貝塚市馬場地区で現在でも少量栽培されている馬場なす。水なすの原種といわれているナスの一つ。その見た目は澤茄子や水なすの丸みを帯びた卵型の形状とは違い、長ナスのような細長い形をしています。
(上之郷なす)
泉佐野市上之郷地区で栽培されていたとされる水なすの原種の一つ。澤茄子とならび水なすの原種として有力視されているナスになります。現在では栽培されておれず、文献なども残っていないことからその形状や栽培に関することも不明。
(樽井巾着なす)
泉南市樽井町で栽培されていた巾着なす。こちらも水なすの原種の一つではないかといわれています。形状はその名のとうり巾着型。
現在は栽培されていないため市場への流通もありません。

 あくまで想像にすぎませんが、室町時代から水なすの原種といわれる澤なすが存在したことから、長い年月をかけ、その種がいろんな地域を転々とし、混ざり合った結果、水なすになったのかもしれません。そして興味深いことに、現在の泉州水なすは澤なすと同じく基本的には丸みを帯びた卵型の形状ですが、多くの中に稀に馬場なすのような細長い水なすや、樽井巾着なすのような巾着型の水なすが成る事があります。ちなみにですが僕たちも漬物屋さんや農家さんに言わせると巾着型の水なすが一番おいしかったりもします。

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